土銀展示館
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土銀展示館

Land Bank Exhibition Hall 沿革與と建築

台湾博物館土銀(土地銀行)展示館は、2006年に古跡修復工事を行い、2010年に博物館として正式に開館しました。その前身は日本勧業銀行台北支店で、同行は1923(大正12)年1月12日に台北で正式に支店を開設し、開墾、土木、水利や農業での資金融通を主な業務としており、当時唯一不動産と拓殖金融を扱う銀行でした。融資業務が逐年の発展を見せたことから、経営範囲も拡大し、巨資を投じて現在の所在地に新社屋を建てることとなりました。日本勧業銀行建築課が設計にあたり、株式会社大林組が施工し、三階建ての鉄筋コンクリートの建築物が1932(昭和7)年に着工され、翌年(1933年、昭和8年)落成しました。

Land Bank Exhibition Hall

勧銀旧社屋は角地に位置していることから、外型の設計にあたっては、13本の太い円柱を緊密に並べ、西洋の古典的な列柱と台湾の「亭仔腳」と呼ばれるひさしの回廊の設計を融合させることで、強烈なヴィジュアルインパクトを与えるとともに、顧客に重量感と信頼感を与えました。重厚な柱と壁は、柱の頂上部や軒,ひめがきの上に重厚な装飾が施され、昭和初期の日本趣味と洋風のレトロが折衷した建築の風格を漂わせています。

建築の外観装飾の面で、ひめがきに二つ連続で回紋をつなげた四角い浮き彫りを採用し、その内容はバラの花とライオンの頭を交互に組み合わせたものとしました。ライオンの頭の飾りでは自然な形状のものを採用し、幾何学的な柱と鮮明に対比させることで、その特色が感じられます。 Land Bank Exhibition Hall

室内は営業ホール、金庫やそのほかの異なる機能の付属空間から構成されています。一階の営業ホールは長さ40.3m、奥行18.9m、高さ10mで、大きく立派な空間を演出しています。営業ホールの後方、すなわち西側には厳密に守られた受金庫や冷房装置などがあり、東側には警備室、職員室、浴室やトイレ、貯蔵室などの空間が配されています。二階は会議室、食堂、厨房などでした。

Land Bank Exhibition Hall

屋上の枠組みには、一階分の高さの人字形の軽鋼フレームを使用し、フレームにコンクリートを注ぎ込むことで、鉄骨とコンクリートが結合した強固な屋上にしました。外壁には予めセメントで鋳造しておいたボードを採用し、鉄筋コンクリートで造った柱や壁などのメインの構造を覆いました。この施工法と今日の仕切り壁の工法は別のものです。

設備の面では、1933年に落成した時,営業ホール内に当時では先進的だった冷房用のエアコンシステムが備え付けられ、さらに完備した照明、電話、呼び鈴、避雷針、消防およびガスなどの設備が設けられました。現在でも、一部の消火栓やガスメーターなどが当時のままの姿で保存されています。

Land Bank Exhibition Hall

第二次世界大戦が終わった後、中華民国政府は日本勧業銀行が台湾の五箇所に有していた支店を接収しました。1946年9月1日に公営の台湾土地銀行に改組され、勧業銀行台北支店は土地銀行の総行となりました。土地銀行は、日本統治時代の勧業銀行の資産と負債を継承し,60余年来農業金融や不動産金融などの業務を取り扱っています。土地銀行は国家の土地改革や農工業の発展、住宅政策などに歩調を合わせ、台湾の経済建設と発展に大きく貢献しました。

1964年に館前路の土銀国際建業ビルが落成し、総行の各セクションはその大部分が新社屋に移転しました。少数の部門を除き、襄陽路の旧ビルは研究室と資料の保存に使用され、数回の修繕と改築を経るうちに、内部の空間は1933年の落成時と趣を異にするようになりました。

Land Bank Exhibition Hall

1991年5月24日、内政部は本建築物を第三級古跡(今日の台北市定古跡)「勧業銀行旧ビル」に指定しました。2005年になって、「台湾博物館システム計画」が行政院と文化建設委員会の支持を受けて成立し、土地銀行は台湾博物館が古跡の修復と後続の運営管理を協力することとなり、「自然史博物館」と位置付けられました。

勧業銀行から土地銀行まで、この重厚な銀行の建築物は、70余年の歲月を経て、2010年に博物館に変身した後、過去の栄光を継承するのみならず、さらには台湾の金融史、経済史、建築史、工芸史、そして博物館の発展を示す具体的な証となりました。


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交通アクセス

台北市中正区南昌路一段1号
Tel: +886-2-2397-366610074

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古跡修復の記録